お盆の仏間で――亡き母との対話

お盆休み、いかがお過ごしでしょうか?

わたしも今日は、一日お休みをいただいて、

嫁ぎ先のお墓、
そして実家のお墓へ
お参りに行ってきました。

実家にも立ち寄り、
父の顔を見てきました。

毎月20日前後に
欠かさずお墓参りをしていますが、

今月はお盆ということで、
今日、お参りしました。

そして実家の仏間を掃除していたら、

やはり母が、
帰ってきておりました。

母が旅立って、もう5年。

今日、
もう一段深いところで
母と和解できたような気がしました。

母は、なかなかの苦労人でした。

遠く九州・熊本から名古屋へ出てきて、
看護師になり、

父と出会って結婚し、
三重県で暮らしました。

頭の回転が速く、
気が利いて、

行動も仕事も、
何もかもが早い人でした。

きっとその優秀さが、
姑や小姑である祖母や親戚には

少し、鼻につくところも
あったのだと思います。

行き場のないストレスを、
母は幼いわたしに向けました。

わたしは母から、
身体的にも精神的にも
たくさん傷つけられました。

けれど、
心理学や家族の力動、
家系に流れるものを学ぶにつれて、

あの出来事は、
母ひとりの問題ではなかったのだと
わかるようになりました。

防ぐ方法がなかったわけではない。

けれど当時、
誰も心の仕組みを知らなかった。

苦しみを抱えた人が、
さらに弱い人へ苦しみを渡してしまう。

そんな連鎖が、
家族の中で起きていたのだと思います。

わたしは幼い頃、

誰にも理解されない悲しみを
心の奥へ押し込め、

どんどん自分を閉じていきました。

本来のわたしは、
人と出会い、
人とつながり、

たくさんの人の中で
生きる魂だったはずなのに。

あなたは、
ミトコンドリアDNAをご存じですか?

母親から子どもへ受け継がれる、
いのちの情報です。

母は、
じっとしていられないほど活発で、

まるで千手観音のように、
いくつものことを同時にこなす人でした。

わたしも、その生命力を
受け継いでいたのだと思います。

けれど、わたしは、
幼少期の体験によって自分を閉じ、

「わたしには何もできない」

「何をやってもダメ」

そう思いながら、
40歳頃まで生きていました。

本来の自分と、
実際に生きている自分が違いすぎて、

わたしはどんどん、
自分を見失っていきました。

そんなわたしを救ってくれたのが、
一匹のワンコでした。

あのコとの出会いによって、

わたしの中に眠っていた才能や強みが、
一気に花開いたのです。

それまでにも、
いろいろなことを学びました。

ある程度はできる。

先生にも褒めていただける。

けれど、
どうしても心が動かない。

何をつかもうとしているのかも
わからないまま、

時間もお金もかけて、
手探りを続けていました。

でも、ペットたちは、
飼い主自身さえ見失っている
魂の光を、
ずっと見ているのですよね。

わたしが初めて
アニマルコミュニケーションに出会ったのは、
小雪が2歳の頃でした。

ワンコ友達が紹介してくれた
ローレン・マッコール先生の
セッションを受けたのが最初です。

そのときわたしは、

アニマルコミュニケーションは
特殊な能力を持つ人にしかできないものだと
思い込んでいました。

だから、
「わたしもやってみよう」
とは、まったく思わなかったのです。

そこから、
自分で実際に始めるまで、
約5年かかりました。

その5年の間にもわたしは、
自分にできることや
本当に進みたい方向を探して、
いろいろなことを学び続けていました。

けれど、
何をしても今ひとつ
心の深いところが動かない。

そんなわたしに小雪は、
病気という出来事を通して、

もう一度、
アニマルコミュニケーションへの扉を
示してくれました。

最初にその扉を見つけたとき、
わたしは自分には関係のない世界だと思って、
通り過ぎてしまった。

けれど小雪は、
「こっちだよ」
と、もう一度
わたしをその扉の前へ
連れ戻してくれたのだと思います。

そして今度こそ、
わたしはその扉を開きました。

アニマルコミュニケーションを
自分で学び始めたとき、

それまでとはまるで違う感覚が
わたしの中に広がりました。

世界が一気にきらめき、
新しく生まれ直したような、

「これが、本当の世界なんだ」

そんな感覚がありました。

けれど、
プロとして活動を始めると、
大きな壁にぶつかりました。

アニマルコミュニケーションが
できるだけでは、

セッションにはならなかったのです。

「ペットと飼い主は合わせ鏡」

「ペットの問題は、飼い主へのサイン」

そこまでは、わかる。

けれど、
その先を飼い主さんへ
どう伝えたらよいのかわからない。

もともと人とのコミュニケーションが
苦手だったわたしには、

飼い主さんの心へ踏み込むことが
とても怖かったのです。

ペットさんの言葉を、
勝手に変えることはできません。

だから、
あのコたちの声としては伝える。

けれど飼い主さんにとっては、
どこか他人事のまま。

一度は問題行動が収まっても、
根本にあるものが変わらなければ、

やがてまた、
同じことが起こりました。

そこでわたしは、意を決して、

「人間を扱えなければ、
 本当の意味でペットも救えない」

そう思い、
苦手な人間界へ飛び込みました。

心理学、カウンセリング、
さまざまなセラピー・コーチングを学びました。

けれど、
見えない世界は得意でも、
人間の心と向き合うことは、
本当に苦手でした。

教科書で学んだとおりに進めても、
クライアントさんの心は
教科書どおりには動きません。

練習セッションが途中で止まり、
どうにも先へ進めなくなる。

頭の中は真っ白。

お相手への申し訳なさと、
できないことへの情けなさ、
変なプライドが入り混じり、

顔も身体も熱くなって、
その場から逃げ出したくなりました。

カウンセリングスクールへ行くこと自体が
怖くなり、
何度も、
登校拒否になりそうでした。

いっそのこと、
ここで潔くやめてしまえば楽になる。

そう思ったことも、
一度や二度ではありません。

けれど、
ペットたちのことを思うと、

簡単に諦めることは
できませんでした。

飼い主さんの心に触れることが怖い。

できない自分を見られたくない。

傷つきたくない。

恥をかきたくない。

その奥にあったのは、

小さなプライドによる自己保身と、

傷つくことから自分を守ろうとする
生存戦略でした。

そして、
「わたしはなんてダメなんだろう」
と自分を責め続けることさえ、

本当は、
目の前の人と向き合うことから逃れるための
自己防衛だったのかもしれません。

結局どれも、
お相手のためではなく、

自分を守るための
自分都合だった。

そのことに気づいては、
また落ち込む。

わたしはとことん、
自分自身に矢を放ち続けました。

それでもわたしは、
白旗を振って先生に助けを求めました。

「こういうときは、
 どう進めればよいですか?」

何度も教えを請いながら、
踏ん張りました。

そして、
セラピーの根本は
ヒプノセラピーにあるんじゃないかと思い
東京のスクールへ毎月5~7日ほど通いました。。

最初の一年は、
正直、よくわかりませんでした。

頭では理解できても、
自分の中に落ちてこない。

それでも、
次のコース、また次のコースへと
学び続けました。

粘って、粘って、
諦めませんでした。

すると、ある日突然、

それまでの学びが
点から線へとつながりました。

「これだ!」

そう、わかったのです。

それからカウンセリングも
ヒプノセラピーも、

わたしにとって
手放せないものになりました。

得意なことは、
サクッとできてしまいます。

けれど、
簡単にできるからこそ、

できる自分に酔い、
傲慢になることもあります。

苦労して手に入れたものの前では、
人は謙虚でいられます。

失いたくないから学び続け、
磨き続けることができます。

得意なもの。

苦手だけれど、
どうしても手に入れたいもの。

両方を手にしたとき、
わたしの世界は大きく広がりました。

目に見えない魂の世界と、
人の心の世界。

その両方を扱えるようになったことで、
わたしはとても自由になりました。

今日、
実家の仏間を掃除していると、
母が語りかけてきました。

そこにいた母は、
とても素直で、穏やかでした。

「ああ、お母さん、
 ちゃんと成仏できているんだな」
そう感じました。

わたしは母へ伝えました。

「わたし、やっぱり
 お母さんのもとに生まれてきて
 よかったと、今は本当に思っているよ」

すると母は、

「たくさんの人を救ってあげなさい。

 苦しんでいる人たちを
 助けてあげなさい。

 応援しているから」

そう言ってくれました。

生前の母は、
人が困っていると
放っておけない人でした。

そのお節介なほどの愛も、
わたしはしっかり
受け継いでいるようです。

こうして、
ふと心を通わせられること。

アニマルコミュニケーションができて、
本当によかったと思います。

5年前、
母は脳出血で倒れました。

朝、ベッドの中で倒れていて、
その日の夕方には旅立ちました。

病院のベッドで、
ただ死を待つ時間の中、

母がいろいろなことを
心配しているのが伝わってきました。

わたしはその心配を一つひとつ受け取り、
安心へと変えていきました。

「もう大丈夫だよ。

 何も心配しなくていい。

 安心して、お空へ帰って大丈夫だよ」

そう伝えてから、
一時間ほど後、

母は静かに旅立ちました。

今日の穏やかな母を見て、

あのとき母を安心させられたことが、
わたしにできた一番の親孝行
だったのかもしれない。

そう思いました。

誤解は、必ず理解に変わる。

あなたと誰かの誤解も。

あなたとペットさんとの誤解も。

たとえ生きている間に
言葉を交わせなかったとしても、

魂の対話は、
時間も身体も超えていきます。

アニマルコミュニケーションで
対話できるのは、
今そばにいるペットさんだけではありません。

お空のペットさんとも、
旅立った人とも、

さまざまな存在とつながり、
心を通わせることができます。

すると、
あなたをずっと見守り、
慈愛で包んでくれている存在がいることに
気づくことでしょう。

もし、孤独の中にいるなら、
その存在は大きな応援になります。

もし、悲しみの中にいるなら、
その存在は心の拠り所になります。

今はまだ、
信じられなくても大丈夫。

誰にでも必ず、
その人の魂を
深い慈愛で包んでくれる存在がいます。

明日、明後日は、

直感回復
アニマルコミュニケーション体験会を
開催します。

両日ともに、満席となりました。

16日は、ちょうど、
お盆の送り火の日ですね。

お空のおコさんも、
きっと皆さまのおうちへ
帰ってきていることでしょう。

体験会の瞑想ワークが
「またね」
と、安心して
お空へ送り出してあげる時間になっても
よいのではないかと思っています。

みんな、ありがとね~~~

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