昨日、ふと思い立って京都へ。
義母(故人)が京都・祇園の出身なので、
夫は、京都の地理には詳しく、
車で乗せていってもらいました。
御用を済ませ、
帰りに立ち寄った
龍安寺。
美しい石庭は、
スティーブ・ジョブズが
深く魅了された場所としても知られています。
だれでも、一度は見たことが
あるんじゃないかな。
公式LINE、オープンチャット
Facebook、Instagramで
写真と動画をシェアしました。
よかったら、のぞいてみてください。
最下位にリンクを貼っておきます。
禅の嗜みなんて、風流なものはないのだけれど、
石庭の「間」には、魅了されるものがありました。
全15個の石が配置されているそうなのですが、
どの角度から見ても、
14個しか見えない設計なんだそうです。
不完全なるものの完全性を
感じますね。
石庭を、海と見るのか
雲海と見るのか…
とパフレットに書かれていましたが、
わたしには、そういう物質的なものには見えなくて
心の眼でみる概念のように感じました。
宇宙観というかね。
縁側に座って、しばし鎮魂瞑想を。
昨日は、気温も高くて
日向では、汗ばむほど。
あっけなく、座を立つことになりました。
その後、目にしたのは、
つくばい。
(こちらも写真と動画をシェアしています)
水をためる部分が
四角い「口」の形をしています。
その「口」と四つの漢字を組み合わせることで
一つの言葉が成立する。
吾
唯
足
知
こういう知の戯れに、
どうしようもなくときめくのです。
『知足の者は、貧しと唯も富めり
不知足の者は、富めりと唯も貧し』
このように、立て札に記されていました。
足ることを知る者は、たとえ貧しくとも富み
足ることを知らぬ者は、たとえ富んでいても貧しい
暑くて中座してしまった縁側での瞑想も、
この真冬に、暖かいお陽さまのエネルギーを
拝借できる機会をいただけたと
豊かさを感じたのでした。
「暑い」と文句をいい、
「寒い」と不満をいう。
そんな人間特有の邪心も
また完全なるものとも思えたのでした。
禅の言葉は
正解を教えない。
正しさよりも
気づきの深さの方を尊ぶ。
だから、
見たり、読んだりした人の内側に
どんな光が灯るのかがすべてであり、
それを他者と比べる必要はない。
外側の出来事を通して
内側の状態を映し出す。
見るものであると同時に
映るものでもある。
このつくばいも
文字を説明して終わるのではなく
仕掛けそのものが問いになっている。
「足るとは何か」
「富むとは何か」
「不足とは何か」
「求めるとは何か」
そのすべてを
言葉ではなく感性で問われている。
強く主張しない。
押しつけない。
説教をしない。
ただ、置かれている。
それなのに、気づいた者の内側で
何かが静かに動く。
こういう教えの形が
わたしはとても好き。
最近、お金の相談を受けることが
とても多くなりました。
収入を増やしたい
散財の癖を直したい
老後が心配
自己投資の基準が分からない
家族が理解してくれない
豊かさの定義が揺らぐ
好きと仕事の一致に迷う
様々な形のお金が
日々の人生の中で
わたしたちを揺らします。
でも、そのどれもに共通して
問いの出発点がある。
それは
「足りない」という前提なのか
「足りている」という前提なのか
ということ。
お金は数字で扱われるけれど
実際には数字では動かない。
意識の前提でしか動かない。
「足りない」を前提にすると
どれだけ増えても足りない。
「足りている」を前提にすると
増えることは副産物になる。
わたし自身、これに気づくまでに
とても時間が、かかりました。
子育ても
学びも
仕事も
人間関係も
自己投資も
すべてがこの構造で動いていたことに
ずいぶんしてから気がついた。
不足を埋めるために動いていた時期は
豊かさは遠ざかっていった。
物質的な豊かさも、
精神的な豊かさも。
足りているところから動き始めた時期に
豊かさが流れ込んでくるようになった。
これは禅の言葉を借りなくても
人生経験の中で体感できる原理だと思う。
足ることを知るとは
我慢をすることではない。
諦めることでもない。
欲を否定することでもない。
それは
自分の中の「欠乏の前提」から
静かに出ていくこと。
不足ではなく
充足から人生を始めるということ。
豊かさの入口は、
銀行口座でも
資産でも
収入でもなく
意識の前提にある。
外側の振る舞いではなく
内側の前提。
そして
前提が変わると
未来が変わる。
「足る」は
自由の始まり。
お金に関する相談を受ける時、
わたしはいつも
この原理から一緒に確かめていく。
その人が
どれだけ持っているかではなく
どこから見ているかによって
世界の輪郭は変わる。
[[name1]]さんは今、
どちらの前提から生きていますか?
「足りない」から動く世界と
「足りている」から動く世界。
その二つは
同じ未来には続かない。
こんな世界を思い出したくて、
ふと思い立った京都だったのかしらね。
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