「もっと何かできたはず」と 自分を責めていませんか?

愛していたからこそ、
自分を許せなくなることがあります。

「あのとき、こうしていれば…」

「もっと何かできたんじゃないか…」

大切なコを見送ったあと、
何度も何度も、あの日に心を連れ戻してしまう。

でもね、
どれほど愛していても、
私たちには、どうにもできないことがあるんですよね。

前号のメルマガ
「看取れなかった私に、小雪が残したもの」

読者さんから、
心のこもったご感想をいただきました。

ありがとうございます。

今日は、お二人のお声をご紹介しますね。

まずは、匿名さんから。

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前の私は生きるということに
すごく執着していました。

なぜなら死をすごく恐れていたから。

セルフラブメソッドを学んだ頃からかな…

生きてることも死んじゃうことも、
当たり前のことなんだって。

死が怖くなくなって
当たり前のことなんだなって
今はそう思うようになりました。

やっと。

だから、次のコのときは、
『アナタのタイミングでいいよ』
ってやっと言えました。

執着はなかなか強いですが、
少しは手放すことができて、
相手の意志を尊重できるようになってきました。
(匿名さん・一部抜粋)

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この「やっと」。

たった三文字の中に、
どれほどの葛藤があったのでしょう。

それを想うと、
わたしの胸が熱くなりました。

大切だから、生きていてほしい。

少しでも長く、一緒にいたい。

できることなら、ずっと。

そう願うのは、
ごく自然なことですよね。

わたしも、思いましたよ。

こんな目に見えない世界に入る前にね。

どうして、このコたちは、
こんなに寿命が短いんだろう…

どうして、一緒に旅立つことが
叶わないんだろう…

だけどね、その後、わたしは学びました。

愛することと、
相手のいのちを自分の思い通りにすることは、
違うんだなってね。

昔から、

「人事を尽くして天命を待つ」

という言葉があります。

わたし、この言葉がとても好きなんです。

飼い主として、できることは精一杯やる。

治療を受けさせることも、
食事や生活環境を整えることも、
そばに寄り添うことも。

自分にできることを、
一生懸命やればいい。

そして、あとは天に委ねる。

だって、どれほど手を尽くしても、
生命には、人の力が及ばないところがあるのだから。

地震だってそうですよね。

備えることはできても、
地震そのものを止めることはできない。

だけど、私たちは時々、

自分にはどうにもできなかったことまで、
自分の責任にしてしまうことがありますよね。

「あのとき、ああしていれば…」

「もっと何かできたはず…」

そんなふうに、自分を責め続けてしまう。

もちろん、振り返ることは大切ですし、
それを糧として学ぶことは大切。

だけど、

自分にできたことと、
どうにもできなかったこと。

そこは、ちゃんと区別してあげてほしいのです。

結果が思い通りにならなかったからといって、

それまで注いだ愛まで、
否定する必要はないんじゃないかな…

もし今、
あの日の自分を責め続けている人がいたら、
この言葉が、少しでも届くといいな。

そして、もうお一人。

TAKOさんからも、
こんなご感想をいただきました。

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うちの子もお空へ行って5年。

メルマガ読みながらやっぱり泣けました。

うちの子はわたしの腕の中で旅立ちました。

「絶対また逢おうよね…」

に頷いてくれました。

呼吸だったとは想うのですが。

今わたしと居てくれる子たちとの時間を
大切にしたいとしみじみしました。
(TAKOさん・一部抜粋)

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「絶対また逢おうよね…」

この言葉を読んだとき、
小雪とのお別れが重なりました。

そして、何よりうれしかったのが、

「今わたしと居てくれる子たちとの時間を大切にしたい」

という言葉。

そうそう!!

まさに、そこなんですよね。

いつか来るお別れを恐れるあまり、
今ある幸せを味わえなくなってしまったら…

それこそ、もったいないですものね。

今日も、おいしそうにゴハンを食べてくれた。

いつもの場所で、
気持ちよさそうに寝息を立てている。

名前を呼んだら、
こちらを見てくれた、
うれしそうに、おしっぽ振ってくれた。

昨日もそうだったし、
きっと明日もそうだろう。

そんなふうに思っている、
何でもない一日。

でも、いつか振り返ったとき、

たまらなく愛おしくなるのは、
案外、そんな一日なのですよね。

そしてね、

アニマルコミュニケーションをお伝えしているわたしには、
もうひとつ、お話ししたいことがあります。

肉体には、いつか必ず終わりが訪れます。

でも、魂には終わりがないということ。

肉体を脱いだからといって、
そのコとのご縁まで終わるわけじゃない。

わたしは、お空に還ったコの魂とも、
アニマルコミュニケーションを通して対話できます。

生きている間に伝えられなかったこと。

聞いておきたかったこと。

ずっと胸の奥にしまっていた想い。

そんな想いが、対話を重ねる中で、
少しずつほどけていくこともあるのです。

だからね、
お別れの瞬間に、
すべてを完璧に終わらせようと
がんばり過ぎなくてもいいと思ってます。

伝えきれなかった言葉だって
後から思い浮かぶものです。

大なり小なり、何らかの後悔が残るのは、
仕方ないことなんじゃないかな。

だって、その後悔の奥にあるのも、
あのコを大切に想う気持ちなのだから。

そして、今、
そばにいてくれる愛しいコがいるのなら。

いつかのお別れを思い悩むより、
今日の寝息に耳を澄ませていたい。

今日一日、
無事に一緒に過ごせたことに
薄口の幸せを感じたい。

私たちだって、いつかは肉体を脱いで
お空へと還っていくのですものね。

いつか失うかもしれない存在を怖れるより、
今ここにある幸せを、
思いっきり味わって生きたい。

愛しいコとの時間も。

自分自身の人生も。

お互い、生き切りましょうね。

大切な体験を分かち合ってくださった
匿名さん、TAKOさん。

ありがとうございました。

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