不快を避けるほど、人生は小さくなっていく。
自己成長を望んでいる人が、
やってはいけないことがあります。
それは、
コンフォートゾーンの拡大を止めることです。
コンフォートゾーンとは、
自分にとって慣れ親しんだ考え方、
いつものやり方、
いつもの人間関係、
いつもの選択の中にある
安心安全な領域のこと。
その内側は、とても心地よいものです。
話さなくても分かってくれる人がいる。
自分の考えを否定されない。
今までの自分の正しさを
承認してもらえる。
まるで、
ぬくぬくした温泉に浸かっているような場所です。
あるいは、
完全に守られた
お母さんの胎内のような場所かもしれません。
けれど、
胎児はいつか
胎内から胎外へ出る時がきます。
それは、
苦しみではなく
成長の一プロセスです。
私たちは、
体も成長していきます。
心も成長していきます。
そして、精神性も成長していきます。
体は、
時間と共に自然に大きくなり、
やがて衰え、
朽ちていきます。
けれど、心は
人との関係性の中で育まれていきます。
たとえば、
小さな子ども同士の遊びを見ていると
よく分かります。
おもちゃを快く貸せる子。
貸したくない子。
時に、暴力的に奪ってしまう子。
わたしは子育てをしていた頃、
どうしてうちの子どもたちは
他の子におもちゃを貸せないのだろう。
どうして、時に乱暴に出てしまうのだろう。
そんなことが、
まったく分かりませんでした。
教育の仕方がまずいのだろう。
わたしのしつけが足りないのだろう。
そう思っていました。
けれど、のちのち
大切なことに気づきました。
その子の中に愛情が満ちていて、
その愛情が器からあふれていたなら、
そのあふれた分は
外へ惜しみなく出していけます。
つまり、
快くおもちゃを貸すこともできる。
逆に、
その子の中がまだ満たされていなければ、
外に差し出すことは難しい。
これは子どもだけの話ではありません。
ここでも、
鏡の法則が働いていました。
子どもたちは、
わたしの中にあった
満たされていない愛情の器を
見せてくれていたのです。
おもちゃを快く貸せる子にするには、
「ちゃんと貸してあげなさい」
と教えることよりも前に、
わたし自身が
快く放出できるだけの愛情を
自分の内側に満たしておく必要があった。
それは、
当時のわたしにとって
なかなか受け容れがたい真実でした。
なぜなら、
わたしの中には
「わたしは正しい!否定されたくない」
という信念が強くあったからです。
子どもを正しく変えようとしていたけれど、
本当に問われていたのは
わたし自身の心の成長でした。
育児とは育自である。
本当に、よく言ったものです。
こうして心は、
人との関係性の中で育っていきます。
そして、
心の成長の先に、
愛とは何かという問いが始まります。
わたしの場合は、
愛犬の大病がきっかけでした。
生きること。
死ぬこと。
愛すること。
見送ること。
そのすべてを探究する中で、
アニマルコミュニケーションに出会い、
動物たちから
言葉を超えた愛を教えてもらいました。
わたしの魂は、
こうして精神性を上げたくて
この地上にやってきたのだと思います。
そのきっかけも、
具体的なプロセスも、
人によって違います。
けれど、大きな括りでは
みな同じなのではないでしょうか…
わたしたちは、
成長するために生まれてきた。
その成長は、
コンフォートゾーンの外側にあります。
慣れた場所の中にいる限り、
安心はあります。
けれど、
新しい自分には出会えません。
コンフォートゾーンの外側は、
慣れていない領域です。
だから、不快です。
怖さもあります。
違和感もあります。
抵抗も出ます。
でも、
不快を感じた時こそ
チャンス到来なのです。
多くの人は、
この不快を嫌います。
そして、
欲しいものを諦めてしまいます。
諦めるだけなら、
まだいいのかもしれません。
そのあとに、
「やっぱりわたしはダメなんだ」
と自分を否定したり、
「こんな思いをさせたあの人が悪い」
と相手を否定したりします。
そうでもしないと
諦められないこともあるでしょう。
だから、
それが悪いと言いたいのではありません。
けれど、
そのままでは
いつまで経っても外には出られません。
コンフォートゾーンの内側から
思いきり手を伸ばして
欲しいものを取ろうとしても、
届きそうで届かない。
つかめそうでつかめない。
そして、叩き落とされたように感じてしまう。
その時、
「やっぱり無理なんだ」
と自分を慰める。
でも、
無理なのではありません。
不快はチャンスだと
知らなかっただけです。
たったそれだけの知識がないために、
その不快を運んできた人を恨み、
自分を否定し、
せっかくの成長の入り口を閉じてしまう。
それは、
あまりにももったいない。
不快はチャンスです。
その不快は、
あなたの心のどこから湧いてきたのでしょうか?
あなたが自分に課している
禁止令はありませんか?
「失敗してはいけない」
「嫌われてはいけない」
「迷惑をかけてはいけない」
「ちゃんとしていなければならない」
「役に立たなければ価値がない」
そんな内側の掟が、
あなたの足首をつかんでいないでしょうか?
嫌なこと。
苦しいこと。
腹が立つこと。
悔しいこと。
それらが、
ただ辛いだけで終わってしまうなら
本当に悲しい…
悔しい…
あなたと一緒に暮らしたペットたちは、
この法則をとてもよく分かっています。
彼らは、
あなたを困らせるために
問題を起こしているのではありません。
あなたの中にある
まだ見つけてもらっていない場所へ
光を当ててくれていることがあります。
ペットと飼い主は、合わせ鏡。
うちのコの問題は、私へのサイン。
不快な出来事があった時は
自分を責めるためではなく、
自分を知るために使ってください。
そこを少し踏ん張れた時、
人は自分への信頼を取り戻します。
自尊心は、
誰かが作ってくれるものではありません。
あなたが、
自分との約束を守るたびに
内側に積み上がっていくものです。
あなたが、あなたの
一番の理解者であり、
一番の協力者であり、
一番の応援団です。
愛情の器が枯渇しているなら、
自分で満たしてあげればいい。
ペットさんの力を借りなくても、
本当はできます。
外側の誰かに頼らなくても、
今日お話ししたことは
すべて自分の内側で行えます。
でも、まずは知識が必要ですよね。
知らなければ、
気づくことはできません。
気づけなければ、
選び直すこともできません。
これからも、
あなたが自分の人生を
自分の手に取り戻していくための知恵を
分かち合っていけたら幸いです。
不快は、
あなたを閉じ込める壁ではありません。
次の自分へ向かう扉です。
ほんの少しだけ、踏ん張ってみる。
その一歩が、あなたの世界を広げていきます。
あなたの人生を応援しています。
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