先日、夫と食事に出かけました。
とても楽しみにしていた日でした。
名古屋でも評判のお店の、
離れとしてできたお寿司屋さん。
予約が取れたときから、
ずっと待ち遠しくて…。
その日の少し前、
あるセッションを受けていて、
自分の中に、まだ解放されていない
怒りがあることに気づきました。
もう終わったこと。
そう思っていた出来事。
でも実際は、
ただ奥に押し込めていただけで、
消えてはいなかった。
そんな状態のまま、
そのお店に入った瞬間でした。
言葉にならない違和感が、
すっと走ったのです。
わたしたちが求めているのは、
その場限りの華やかさではなく、
職人の技と、その奥にある積み重ね。
でも、目の前で起きていたのは、
どこかパフォーマンスのような世界でした。
新鮮なネタは確かにそこにあるのに、
出てきたお料理からは、
素材そのものの力が感じられない。
なぜこんな扱いをするのだろう…
どうして、ここでその手順なのだろう…
カウンター越しに、
職人さんの手元を見ながら、
気づけば、
心の中でたくさんの声が渦巻いていました。
そして、ふとよぎったのです。
ああ、これは…
わたしの中にあった怒りを、
感じるために起きているのかもしれない、と。
言葉にはしていないのに、
夫も同じ違和感を抱いていたようで、
普段なら楽しむはずの会話もなく、
ただ静かに食事の時間が流れていきました。
店を出たあと、
お互いに思っていたことを話しながら帰る中で、
ひとつ印象的な出来事がありました。
会計のとき、
夫のカードではないもので
決済されていたのです。
夫は、間違えられたことに
強い不快感を覚えていました。
わたしは思わず言いました。
「あなたの怒りが伝わったんだと思うよ」
すると夫は、
「俺は何も言ってないし、怒ってない」と。
でも、わたしには分かっていました。
言葉にしなくても、
感情はにじみ出る。
そう伝えると、
夫は少し考えてから言ったのです。
「確かに…
端末を持ってた手、震えてたな」
その瞬間、
二人で思わず笑ってしまいました。
「ほらね、怒りが伝わったんだって」
でも同時に、
とても大切なことを
見せられていたように感じたのです。
わたしたちは、
どれだけ平静を装っていても、
感情は外に漏れ出ています。
そしてそのエネルギーは、
目の前の人の行動にも影響を与える。
さらに言えば、
とても繊細な存在であるペットたちは、
その微細な揺れを、
より正確に感じ取っています。
セッションで、
そのコたちの言葉をお伝えすると、
「このコの前でそんな話していません」
そう言われることがあります。
でもそれは、
言葉で伝えているかどうかではないのです。
感じているものは、
すでに届いている。
そしてもうひとつ。
感情は、
感じているうちはまだいいのです。
本当に厄介なのは、
感じないようにしてしまったとき。
なかったことにしてしまったとき。
それは消えたのではなく、
形を変えて、
別の出来事として現れてきます。
今日の出来事は、
まるでひとつの「感情の電車」に
乗っていたようでした。
どこから乗ったのか、
どこへ向かっていたのか。
その流れを見ていくと、
すべてがつながっていることに気づきます。
あなたの中で、
まだ終わっていない感情はありますか?
それは、今もどこかで、
あなたの現実を動かしているのかもしれません。
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